量子の新しい性質が開拓する有望な応用例
私は理論物理学者ですが、ふだんRMIT大学において実験チームと一緒に研究をしています。理論家と実験家が共同研究するのは便利だし、実践的だし、やる気も起こるし、重要なことを見つけやすいし……およそ有利なことばかりです(笑)。研究室では、学生を含めて誰もが新しいアイデアにチャレンジするよう奨励されており、そのような科学的な環境こそ価値があると考えています。特に量子情報は、量子コンピュータ以外にもさまざまな利活用の場が考えられるので、量子情報の基礎的な理解に基づいて、われわれは今、どんな問いを問うことが出来るのか、量子システムをどこへ持っていくことが有意義なのかという意味で、重要なステージにあると考えています。
ダイヤモンドを使って体内の状態を測定する
このような認識から、近年、私たちはダイヤモンドを使った量子技術を生物学に持ち込み、他の方法では知ることができない、新しい測定・検査を実現しようとしています。これには、ダイヤモンドの結晶中の欠陥の一種であるNVセンターを活用するのが適しています。ナノダイヤモンドを体内に入れてプローブとして使い、細胞に傷害を与えずに体内の情報をメモリーし、この情報を光で安定的に読み出せないかというわけです。生物学的に重要なタンパク質を跡づけるために、これまで蛍光塗料を使って行っていたような測定を、ずっと安定的に行うことができるのです。
量子情報技術がイノベーションを拓く
ダイヤモンドに格納された情報は1日でも1カ月でも、おそらく1年でも状態を保つことができるでしょう。これは、生物学の中でこれまで用いられてきた方法では実現できないシステムであるという点で、相当に画期的なことだと思うのです。まず生きた細胞の中にセンサーを入れることができますし、そして精密な情報を正確に取り出すことができます。またもうひとつ、この例からわかることは、われわれは量子の技術を開発し続けて、若い学生達にその技術に触ってもらって、彼らが何か新しいアイデアを思いつく機会を提供しなければならないということです。そのアイデアが、この分野をそれまでは思いもつかなかった方向へ導いていくはずです。そのためにはまずシステムの基礎を理解し、一生懸命勉強する必要がありますね。さらに創造的であれば──きっと面白いことが起こるのです。