量子情報の最先端をつたえる
Interview #022

中村泰信 教授 東京大学
公開日:2016/11/15

【3】巨視的量子機械の実現へ向けて

ユニバーサルな量子コンピュータ

2016年10月から戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)が始まりました。こちらはハイブリッド量子系に加えて、量子コンピュータの実現へ向けた超伝導回路の集積化を中心に考えています。領域名「巨視的量子機械」の中で「機械」としたのは、量子情報なので情報処理を目指していて、そこに必要となる物理に関心があるけれども、一方でエンジニアリングも重視していて、つまり、ガチャガチャと動く機械を作りたいから(笑)。触れる機械を作ってみんなが動作を試すことができるようになれば、きっと新しいアイデアも生まれるだろうと考えています。また「巨視的」には3つの意味が込められていて、ひとつはこれまでのような1つや2つの量子ビットではなく、これらの集積化を目指していること。次に超伝導量子ビット、強磁性体中のマグノンなどのマクロなスケールの量子状態を操るという意味で、サイズが大きいということ。最後に、ハイブリッド量子系によって光の量子情報ともつなぐことにより、距離・空間的に遠くまで量子系を拡大しようということです。チューリング・マシン(1936年)やバベッジの階差機関(difference engine、1822年)にも通じる計算機を量子のステージで実現しようという試みと言ってよいでしょう。

注目される量子情報処理の「集積化」技術

実際、超伝導量子ビットの集積化は、米国大企業、中国、欧州の研究機関なども、巨額を投じて進めています。多数の量子ビットに制御や読み出しのための配線する必要があるという課題のため、集積化の方法が、今のところ1次元あるいは擬2次元に量子ビットを並べるというものに限られています。そこを克服したいのはわれわれも同じで、いま提案しているのは、量子ビットを2次元に並べておいて、この上から3次元的に配線を行うという方法です。しかも最初は量子ビットを3×3に並べ、さらにこれを1ユニットとして、5年後に は2ユニットに増やしていく計画になっています。

量子系が壊れる「デコヒーレンス」との戦い

量子系で難しいのは、なんといっても、量子的な状態が壊れる「デコヒーレンス」が非常に起こりやすいことです。超伝導回路に対する制御の精度が悪いとすぐにエラーになります。そこで理研にある私のチームでは、超伝導量子回路のクオリティを一生懸命上げる開発に取り組んでいます。それから、この段階では改めて周辺のエレクトロニクスも重要になり、進化させていかなければなりません。任意の量子状態を作って任意の時間にわたって保持したり制御するということを、どうも自然はあまりやろうと思っていないようだし、人類にもまだできていない。そういう挑戦は、歴史に残ることのひとつかなと考えています。
(文:中村泰信・池谷瑠絵)

中村泰信教授 プロフィール

1990年、東京大学工学部卒、1992年同修士課程修了、博士(工学)(東京大学、2011年)。日本電気(株)基礎研究所研究員、デルフト工科大学客員研究員等を経て、2005年日本電気(株)主席研究員。2012年より東京大学教授、2014年より理化学研究所チームリーダー兼務。1999年仁科記念賞、2014年江崎玲於奈賞他、受賞多数。量子がわかりにくい理由は「人間の感覚が量子状態を知覚するようにできていないから。超伝導量子ビットの分野に限っても、取り組み始めた20年前と比べると、すごく物の見方や理解のしかたが変わっています。今の学生は、超伝導そのものは勉強しなくても、最初から量子ビットを受け入れられる、量子情報科学世代です。(笑)」という。最近の読書から「山本義隆氏の著書を読むと、科学という考え方が14世紀頃から少しずつ生まれてきたことが書かれています。見方・考え方は時代とともにドラスティックに変わるもの。50年後には量子力学も当たり前になっているかもしれないですね」。

量子の世界をのぞいてみよう
Welcome to the Quantum World #022

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