ミリメートル単位の大きな量子系
ふつう量子力学は、原子や分子などのミクロな世界で成り立つ理論だと思われていますが、われわれが扱っている量子状態は、超伝導量子ビット、強磁性体中のマグノン、ナノメカニカル素子のどの系においても、ミリメートルのスケールに広がっています。実は量子力学は宇宙の物理ですら記述する理論であり、素粒子から宇宙までどんなスケールでも量子力学が成り立っていると私は信じています(笑)。ただわれわれの日常生活では、量子力学の不思議な振る舞い、たとえば重ね合わせ状態を見ることはないですよね。きちんと制御し、きちんと観測してやれば、そういうものがミクロでなくて、マクロの世界でも働くということは、非常に面白いことだと思っています。
マグノン量子制御の舞台は直径約1ミリのピカピカの玉
超伝導量子ビットは、量子力学をマクロなスケールのもとで制御できる1つのすばらしい例だと思うんですけれども、いま実験に使っている強磁性体も、直径1ミリメートルぐらいの目に見える玉なんですね。黒くてピカピカに磨いてあって、宝石といってもいいぐらいのきれいな玉の中に電子のスピンが10の18乗個ぐらい、一方向に整列しています。量子ビットからマイクロ波のエネルギーを受け取ると、その18乗個がいっせいに歳差運動を始めます。物理的な興味からすると、このサイズがもっと大きくなると面白いかなと考えています。
ぎっしり並んだ電子が相互作用しやすく
常磁性体の場合だと、結晶の中の磁場の分布によって、こちらのスピンとあちらのスピンが違うスピードで回転することがあります。一方で強磁性体の場合は、全部の電子がスクラムを組み、全部が1個の巨大なスピンとして動くので、磁場の偏りを気にせず全体の集団運動として扱える利点があります。また強磁性体の中では電子が非常に高い密度でぎっしり並んでいるので、マイクロ波や光と結合しやすいのではないかという予測が立ちます。実際、実験室では、マイクロ波と強く結合する様子が観測されています。強磁性体中のマグノンの量子制御はこのような点でも新しくて面白いのです。