エンタングルメント(量子もつれ)の背後にあるもの
量子力学のルールに従って振る舞う量子の状態は、数学的には「ヒルベルト空間」に基礎付けられています。量子力学から見ると、ヒルベルト空間は指数的に次元を増やす空間であり、量子間の相互作用をはじめさまざまな量子的な現象が生起する、豊かな可能性を持つ空間と考えることができます。私たちはそのうちゼロ測定が行える部分、つまり相関のない世界や、エンタングルメント(量子もつれ)を生成する相互作用のある限られた場合などについてだけしかまだわかっていません。豊かな現象は相互作用がもたらすものであり、これらを例えばコントロールできたら、あるいはごく短い時間で見たら、いったいそこに何が起こっているのか、広大なる未知な領域があるとしか言いようがありません。そしてそれはたいへん興味深い──なぜなら人類がまだ、まったく想定できない領域だからです。
世界を理解しようとする立場から見ると言葉は……
ところで、私たちの研究室で新たに発見された横ばいの現象やエンタングルメント等について、たとえば子どもに説明しようといった場合、さて、どうしたらよいでしょうか? ……よく思うのですが、人間が使う言語は、そもそも生活の発展のために発達してきたものであって、本当に世界を理解するのには向いていない。つまり「沖縄でおいしいレストランはどこ?」といった情報を得るにはとても向いているけれど、量子力学を説明するのには向いていないのです。私たちが量子力学や相対性理論を考えて行く上で、日々の体験の中で感じることにも決してフィットしないし、説明しようとする事柄のひとつひとつにも特に対応していない。そのことが、私たちが自分の研究を言葉で説明することが難しい理由のひとつではないでしょうか?
(文:トーマス・ブッシュ・池谷瑠絵 翻訳監修:根本香絵)
トーマス・ブッシュ准教授 プロフィール
Thomas Busch 沖縄科学技術大学院大学(OIST) 量子システム研究ユニットリーダー。博士(理学、インスブルック大学)。インスブルック大学(オーストリア)、オーフス大学(デンマーク)、ユニバーシティ・カレッジ・コーク(アイルランド)等を経て、2012年より現職。基礎的な理論物理学のなかでも量子的なプロセスに関心を持ち、人工・自然の量子システムにおける量子情報・量子工学のアイデア・概念についての理論研究に取り組む。OISTでは、極低温原子ガス、固態ナノ構造やナノ光デバイス、生物学的システムを含むいくつかのプロジェクトを牽引する。