第3の準位を使うという発想の転換
私たちの実験でメモリーさせる核子の物質は何かというと、今はダイヤモンドを使っています。光子、電子、核子のいずれもスピンの状態を使うので、電子スピン、核スピンとも呼ぶことがあります。 私たちの実験で最も特徴的なのは、ゼロ磁場で操作するという点です。量子状態を操作するのに、ふつうはエネルギーのギャップを利用します。つまり、強い磁場をかけて量子ビットの0の状態と1の状態にエネルギーギャップ、つまり高低の差をつくって操作を行います。ところが私たちは、地球上にかかっている0.4ガロスの地磁気をなくす操作をして、逆に完全なゼロ磁場をつくります。すると電子の2つの量子状態がきれいに横に並ぶのです。この状態を「縮退」と呼び、操作もできない初期化もできない、読み出しもできない、何もできない状態だと思われていたんですね。私たちは縮退させたところへ、補助的に第3のエネルギー準位を用いて、2つの量子状態との間にV型のエネルギーギャップをつくって、そこへマイクロ波が入れるようにしました。
「幾何学的操作」とは何か?
ふつうの操作では、量子ビットの2つの量子状態間のエネルギーギャップの幅に波長帯を合わせて、マイクロ波を入れ、そこにある量子ビットを回して、量子特有の重ね合わせ状態を制御する操作を行います。この回転操作は量子状態そのものを動かすので「動的位相」ということができます。一方私たちの操作は、マイクロ波が入ってきてひと回りする経路をとったことによって、その経路(回り方)に基づく位相をつけ、量子ビットの重ね合わせ状態を変化させます。ひと回りして戻ってきたので、実際には元と同じ状態に戻っているにかかわらず位相をつけることができる──この操作を「幾何学的操作」と呼んでいます。
適材適所の電磁波を一括制御する
私たちの実験ではこの幾何学的操作を多用して、幾何学的に操作します。ところで、先ほど電子、核子、光子はそれぞれ違うエネルギー領域にあると言いましたが、それはつまりこれらを操作するための電磁波は、それぞれ周波数が3桁ずつ異なり、光には光波、電子スピンにはマイクロ波、核子スピンにはラジオ波が必要になってきます。そこで、これらの電磁波を一括制御する「デジタルコヒーレント量子制御」の研究開発にも取り組んでいます。まず基準となるデジタル波形を用意しておき、IQ変調をかけることによって時間、位相、振幅等が異なる、6桁にわたる周波数の電磁波を自在につくることができます。またいったん出来上がった電磁波制御の回路を、どんどん小型化するという手作りの開発にも取り組んでいます。