「量子情報の最先端をつたえるInterview」の第19回目は、横浜国立大学 大学院工学研究院物理情報工学専攻 小坂英男教授の研究室を訪ねました。小坂教授の実験室は、一見して、光を使って量子通信の実験を行っている、最先端的なラボのひとつです。ところがさらによく見ると、いったん出来上がった装置は、その隣室で少し小型に、同じ部屋でまたさらにコンパクトに……と、研究開発と並行しながら、実用化へ向けた準備も進められていることがわかりました。今回は、この実験室をご案内いただきながら、小坂研究室独自の量子的な性質の活かし方を中心にお話をうかがいました。
量子をつなぐインターフェースが重要だ
われわれは量子的なさまざまな装置をつなぐ、量子情報ネットワークを作ろうとしています。それには光で物と物をつないだり、物の中でも原子や電子とつないだりすることができなくてはなりません。このような量子通信を担う物理層の実験は、近年、かなり実現されてきました。そういった成果を、私たち研究者はよくメモリー時間が長くなりました、転写できましたと言って発表します。しかしそれら2つを組み合わせたものはどうかと言われると、それはできないということも多いのです。そういうことを隠さないで、むしろつなぐというところに力をいれていきましょうという視点から、インターフェースに重点を置いた研究開発をしています。
距離を伸ばすための量子中継
現在私たちが使っている古典的な光通信と違って、量子の場合は光子ひと粒ひと粒を飛ばして使うので、少し考えてみればわかるように、すぐに消えてなくなってしまいます。そこで光子を使った量子通信の物理層をつくるには、いかに通信距離を伸ばすかが大きな課題です。そこで中継器が必要になるわけですが、量子の場合は「量子中継」といい、量子に特徴的な現象のひとつである量子テレポーテーションを使って行います。また量子テレポーテーションは、複数の量子ビットが状態を共有する量子的な性質である「エンタングルメント」を使って行います。まず、送信者(アリス)と中継器の間にエンタングルメントを生成し、ここから受信者(ボブ)までこのエンタングルメントを伸ばして行くようにします。私たちの実験では、ボブから中継器へ向けて送られてきた光子が中継器に吸収されたとたんに、光子が運んできたエンタングルメントが離れたところにいるアリス側に転写されるしくみになっています。 アリスと中継器の間のエンタングルメントと、中継器に到達した光子とボブの間のエンタングルメントが、中継器での光子の吸収によってつながり、アリスとボブが量子通信に必要なエンタングルメントを共有することができるのです。中継器を複数置くことによってこの動作を繰り返し行い、距離を伸ばしていくことが可能になります。
トータルに設計して全部量子でつないでいこう
量子情報ネットワークを実現するには個々の研究開発を、全体でひとつのシステムを想定した中での機能として発想することが大事です。これにはまずアルゴリズムを考えることが重要であり、これに沿って全体にとって何をすればいいかを取捨選択して、大事なところを組み合わせていくべきです。またよく「ハイブリッド量子」と言われますが、量子ビットは光子、電子、核子、超伝導など、さまざまな材料でつくることができ、今の時代はこれらを適材適所に使う必要があります。さまざまな量子がお互いに行ったり来たりできる私たちの量子情報ネットワークは、まさにハイブリッドの典型例と言えるでしょう。最近では、さきほどのボブの光子を、中継器の電子を介して量子テレポーテーションによってアリス側の物質の核子に転写し、さらにその情報をメモリーさせるという実験に世界で初めて成功しました。