「重ね合わせ状態」は、量子に親しむ第一歩
さてこのページでは、コンフェランス初日の夕べに開催された、恒例の「パブリックレクチャー」の様子をお伝えしましょう。最先端と開催地の一般市民をつなぐ一般講演として、同時通訳も行われ、コンフェランス参加者のほか仕事帰りのビジネスマンなど72名の聴講者を迎えて開催されました。講演のタイトルは「量子を使った新しいテクノロジーの展望」。国立情報学研究所教授・量子情報国際研究センター長の根本香絵教授と、量子情報・量子暗号の分野で最も著名な研究者のひとりである、英国オックスフォード大学アーター・エカート教授の2人によって行われました。まず根本教授が壇上に立ち、「重ね合わせ状態」を象徴的に表す「だまし絵」を用いるなどして、古典物理学とはまったく異なる量子の世界へ観客を誘いました。
物理学者か数学者かを「量子測定」する!?
続いてNII量子情報国際研究センター客員教授でもあるアーター・エカート教授が紹介され、根本教授から「もしもエカート教授を量子測定したら(何者か)?」という問いが会場へ投げかけられました。量子物理学の理論で非常に幅広い功績のあるエカート教授は、物理学者はもちろん数学者、暗号学者など、さまざまな測定結果が可能だと言えます。各自さまざまな予想を抱きつつ始まったエカート教授の講演は、まずは暗号の歴史を振り返ることからスタート。有名な「シーザー暗号」が、アルファベットの出現頻度分析を調べることによって解読できる(冒頭で触れたように、たとえば「q」ならば頻度0.095%)ことなどが紹介されました。そして引き続き量子通信のしくみや、その安全を守るにはどうしたらよいかなどが解説され、そのような問いの根幹にある物理的な考え方も採り上げられました。……果たして私は何者なのか? エカート教授が最後に訊ねたところ、会場では目測で「物理学者」「暗号学者」「数学者」の順に挙手が集まったようです。
──さて、来る1年の間にウォータールーで、シンガポールで、パリで、そして東京で、量子技術はどこまで発展できるでしょうか?QCryptは2016年、ワシントンD.C.で開催されることがすでに決定しています。
(文:根本香絵・池谷瑠絵)
アーター・エカート教授 プロフィール
Artur Ekert。英国オックスフォード大学 教授。シンガポール国立大学教授および同大学CQT (Centre for Quantum Technologies)センター長。量子力学系における情報処理に関わる、特に量子通信、量子計算に注目した幅広い関心と研究成果で知られ、中でも量子暗号の発明者の一人として、量子物理学の分野では世界的に知られる人物。1991年英国オックスフォード大学にて博士号取得後、1993〜2000英国王立協会のホームフェロー、1994年同大学Merton College研究員等を経て、1998年同大学教授(物理学)。2002〜2007年ケンブリッジ大学応用数学・理論物理学の教授、2007年からオックスフォード大学数学科(Mathematical Institute)教授他、兼任多数。2007年ヒューズ・メダル(王立協会)、デカルト賞(欧州連合)をはじめ受賞多数。