短いコヒーレンス時間との戦い
しかしながら、量子状態は非常に壊れやすい性質を持っています。最新の量子情報の実験室であっても、量子状態を保つのはすごく難しいんですね。しかもわれわれはその量子的な状態が、古典的な状態へ移行するところを見ようとしているわけです。古典への移行をちょっと遅くしてやったり、あるいは量子コヒーレンス状態をもっと長くしてやったり、というように、高精細なコントロール技術に日々取り組んでいます。
2つのレーザーで多数の原子集団をコントロール
われわれの研究室の特徴は、まず超高速性ですが、もう1つは、2つの異なる性質を持つレーザー光を使っているところにあります。1つは多くの周波数成分を含む、つまりブロードバンドなパルス光で、真空中にある多くの原子を相互作用させて、その後の時間発展を観察するために使います。もう1つは単一波長の連続光で、これは観察の対象となる原子を冷やして、ある場所から動かないようにするために使います。絶対零度に近い非常に低温のルビジウム原子の集団を、このような多粒子の凝縮系に見立てて、そこでなおかつわれわれの速い技術を使って、その時空間発展を実際に追跡する──7年という長い時間がかかりましたが、その成果が今やっと出始めています。
(文:大森賢治・池谷瑠絵 写真:水谷充)
大森賢治教授プロフィール
自然科学研究機構分子科学研究所教授。専門はアト秒量子エンジニアリング。1987年 東京大学卒、1992年同大学院工学系研究科博士課程修了、工学博士。東北大学助手・助教授を経て2003年9月より現職。2007年日本学術振興会賞、同年日本学士院学術奨励賞、2009年アメリカ物理学会フェロー表彰、2012年フンボルト賞他、受賞多数。光と物質の相互作用を極めて高速に観測・制御する技術や、時空間における分子の振る舞いをフェムト秒ピコメートルの精度で可視化する技術で、世界的に知られる。もう一つの顔は、音楽。高校・大学時代はオルタナティヴ系の4ピースロックバンドを組み、メジャーデビューを目指していたという。1962年、熊本生まれ。