具体的な化学反応で量子力学の議論を。
僕はもともと化学出身で、溶液やタンパク質の中にある分子のようにガチャガチャとゆらぎながら存在しているような「量子散逸系」に関心がありました。気体なら量子力学の式がきれいに成り立つのですが、ガチャガチャした状態の中ではそうはならなくて、たぶんこのガチャガチャが量子性を破壊しているはずなんですね。しかし重要な化学反応はそういったランダムなゆらぎの中で起こっていますので、むしろこのガチャガチャを使って、気体の中では起こりようがないような化学反応が起こっていると考えることができるのです。気体の状態ならば維持できるような量子性が、ガチャガチャの中でどう破壊されるのか?──化学反応には、かなり具体的な物質という実感がありますから、そのような化学反応にからめて量子力学の議論をしたかったんです。
実験家は「自然にならえ」と考える。
大学院の指導教員の先生によく言われたのは、研究者の大半は実験家なのだから、理論家は実験家がわかるかたちで理論を提示しないといけない、と。そこで大学院時代には、概念的に量子性がこう破壊されていくんだということを、たとえばこういう実験をしたらそのプロセスがこんなスペクトルで見えますとかというかたちで提示していこうというテーマに取り組んでいました。しかもその後留学に行ったアメリカのグループというのは、実は実験のグループなんです。研究の興味がずれているので、最初の頃は会話がまったく成立せず、早く日本に帰りたいと毎日思っていました(笑)。しかし日常のなにげない会話の中から得るものが結構大きくて、ああ、実験家の人ってこういうことをおもしろいと思っているんだ、こういう言葉で話さないとわかってもらえないんだということがわかってきた。するととにかくまわりは全部実験家ですから、毎日毎日「こういう実験データが出たけどどう思う?」という実験結果の議論ですね。それを僕が計算してみて、というふうに螺旋状に研究が進んでいくのが楽しかったですね。
壊れそうで壊れない量子効果
そんな研究生活の中から2009年に論文を書き、その中で自然の光合成系のパラメータについて、光エネルギーを反応中心に運ぶ速度をプロットし、自然の状態で最大値になっているところを探り出しました。そこで起こっていることは、ゆらぎが大きすぎず小さすぎず、量子力学的な非局在化効果と、量子効果を破壊するゆらぎの効果がうまくバランスとれている。どうも自然はそういうバランスを知っているみたいなんです。タンパク質の「ガチャガチャ」の持つゆらぎを使って、壊れそうで壊れない量子効果が、うまく使われている。