量子情報の最先端をつたえる
Interview #016

石崎章仁特任准教授分子科学研究所
公開日:2015/06/15

グリーン・イノベーションの主要テーマのひとつである「光合成」。いまだ解明されていない天然の光合成の物理的過程がより明らかになれば、効率のよい人工光合成デバイスの開発にもつながります。そこで今回は、ケミストリーの立場から、量子情報を通じてこのテーマにひかれていったという、分子科学研究所の石崎章仁特任准教授にお話をうかがいました。植物やバクテリアが量子力学的効果を使って光エネルギーを採り込む過程の解明─という世界的にもホットな領域で、生物学的な解明までを視野に入れた理論研究を進めています。

【1】量子物理からみた光合成

光合成と量子コンピュータの関係!?

2007年に、光合成の中で量子コンピューティングが起こっているのではないかという議論を含む論文が発表されました。非常にセンセーショナルで、世界から多くの注目を集めたんです。ところが日本では誰も注目していなかったその論文に、僕はたまたま気づいて、翌年その実験グループにポスドクとして留学しました─それが、現在の研究に至る大きなきっかけになっています。光合成系のエネルギー移動や電子移動については、もともと化学・生物の分野で興味が持たれていましたが、量子コンピュータとの関係性が議論されたことで、量子情報物理の人がどーっと参入してきたんです。当時、アメリカで僕ら以外に1グループ、イギリスでも1グループ研究していただけだったのが、2009年、2010年と年々、世の中が大騒ぎしていくプロセスを目の当たりにしました。「世の中のダイナミクスって、こうやって起こるんだ(笑)」と知ることのできた経験は貴重でしたね。今では国際会議が開かれるような大きな研究分野になっています。

700フェムト秒の「重ね合わせ状態」

その論文は、超高速非線形レーザー分光という実験を使って、光合成の中に非常に長寿命な量子コヒーレンスが存在することを実証したものでした。一般に溶液やタンパク質の中にある分子は、"ゆらぎだらけ"な状態に置かれています。そのような中に量子力学的「重ね合わせ状態」が存在して、それが700フェムト秒もの長寿命を持つという実験データが出たのです。それまで僕らは、量子固有の「重ね合わせ状態」は壊れやすく、せいぜい10〜100フェムト秒ぐらいだろうと想像していました。光合成系は、もしかしたら量子情報としても重要なんじゃないか? というわけで、一気に分野が盛り上がったわけです。僕としては物理化学を基礎とした関心から、何が長寿命たらしめるのか、その物理的な起源を知りたいし、光合成という生物学として重要な系に量子力学がどう役に立っているのかも知りたいと考えています。

「光合成工場」のひみつ

光合成系は一般に、太陽光エネルギーを化学エネルギーに変換するプロセスであり、その際に酸素を発生するといわれます。しかし、もっとも重要なのは酸素発生よりも、光を吸って糖を作るプロセスなんですね。僕らは中でも光を吸うプロセスに興味を持っています。植物やバクテリアが太陽光をつかまえるには、かなり巨大なアンテナを構成しなくてはなりません。そして、これによって集めた光エネルギーを使って電子移動反応を引き起こす部位「反応中心」へ運ぶしくみになっています。ところがその運搬プロセスが100%の量子効率で行われると言われており、いまだにこのことを説明できません。人工光合成や太陽電池などの人工系では、そんな高効率のエネルギー変換装置を作れないんですよ。効率のいいデバイスをつくりたければ、まずは自然の光合成を学ばなければならない─僕らはそれに惹きつけられた。光合成系を理解したいという純粋な好奇心に加えて、量子性が利いているならば、それはとても面白い、と。

量子の世界をのぞいてみよう
Welcome to the Quantum World #016

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