「なぜ解けないんだ?」からの脱出
量子情報は、数学の人もいるし、実験・理論の人もいるし、応用して製品をつくる人もいるようにいろんな分野の研究者が集まる、そういう意味で非常に魅力的な研究分野です。一方、量子情報のように注目を集めている理論研究で難しいのは、実は「流行り」があることです。分野に人が集まると、小さな社会ができてしまって「これが面白い」という潮流が作られてしまう。私はあまりその価値観にとらわれず、なるべく普遍的な研究をしたいと考えています。理論研究の場合、ひとつの系でうまくいかなければ、まったく別の系で考えを進めてもいい。そういった点では自由なのですが、逆にひとつのことにこだわりすぎると、隘路に入ってしまう。たとえば、ひとりでずっと同じ計算していて「自分はなんで解けないんだ?」……となってきたら、なかなか先へは進めません。そこで私はいくつかの問題を、いつも同時並行でやるように心がけています。思考モードを変えるんですね。
信じられないようなことが「正しい」という衝撃
また私たちが研究で達成したことは、教育というかたちでも社会還元しなければならない、と考えています。量子情報にはイノベーションを牽引するような社会への大きな関わり方がある一方で、やはり学生が勉強する上で一番おもしろい題材だと私は思うんですね。これを何とか経験してもらいたい。学生に「量子を勉強して何になるんですか?」と、問われれば「現状では役に立たないですよ」としか答えようがありませんが、逆に就職してすぐ使うような技術なら、社会に出て必要に応じて学べばいい。量子って……直観ではとても正しいとは信じられないようなことが、数式で書くとうまくいって、実際に実験でも見ることができる……というおもしろい世界なんですよ! 私自身が味わったこの、ハッと気づかされるような、知的好奇心を刺激するおもしろさは、たぶん学生の時でなければできない貴重な体験だと考えています。このような意味で、学生にはできるだけ多く量子にふれてもらい、卒業するときには「もう量子はいいです」というぐらい燃焼してもらいたい(笑)。実際に、修士課程に入るまでまったく量子の勉強したことのない学生を指導して、ゼミをやって、2年間で研究結果としてこの分野の新しい結果を出すというところまでできる──もちろん、それは可能なんです。
(文:鈴木淳・池谷瑠絵 写真:水谷充)
鈴木淳助教プロフィール
電気通信大学大学院情報システム学研究科助教。専門は量子情報理論、量子物性理論など。2001年東京大学教養学部基礎科学科卒、2005年Ph. D in Physics (University of South Carolina)取得。2005-2008年シンガポール国立大学研究員、2008-2011年国立情報学研究所特任研究員を経て、2011年より現職。非常に幅広く基礎的なものを研究するという理論物理の研究室から、量子情報へ。「ちょうど量子暗号等が成熟してきた、いいタイミングで量子情報に入った」という。「でも、物理の段階ではまだまだ。数理工学者などのエンジニアが入ってきて、工学としての価値が認められることで、洗練されていく。その意味で、量子情報はひとつ段階が上がったんだと思います」。