量子状態に対する測定をちょっとでも間違うと……
より詳しく言うと、私が取り組んでいるのは、量子統計学の一分野である「量子状態推定」です。なかでも、ある仮定を置いたもとで、与えられた量子状態に関する推定問題を考えるという、非常に基礎的な問題を対象としています。量子を測定したりコントロールしたりしようという時に、われわれが知ろうとしているのは「量子状態」がどうなっているかということです。この量子状態を測定値から推定するわけですが、量子系では「測定」が特有の意味を持っています。量子状態に「いい測定」をしていいデータをつくる作業はまだまだ難しいんですね。ちょっとでも間違ったらひどいデータがでてきてしまうこともあります。そこで「量子状態をどのように測定すると、どういう意味でよいのか」を与えるのが量子統計学です。
数学的な枠組みか、物理的な現象か。
ある量子状態があり、これを測定すると、古典データがでてきます。この古典データをコンピュータで解析して、どれくらい量子状態について知ることができますか?──という基本的な問題に対して、きちんとした数学的な枠組みで、どれくらいの「究極の誤差限界」まで近づけるかという問いには、まだわかっていないところがあります。古典の統計学が作り上げた概念で量子の世界を作ろうとすると、どうしても手探りな部分があるわけですが、それは同時にチャレンジングな部分でもあります。そこで、数学と物理の両方から攻めようというのが私の考えです。数学的に厳密な手法が必ず役に立つかというと、厳密だからといって物理的には正しくないということもある。一方、物理現象から遡っていこうとすると、枠組みがうまくできていない。両方知らないとできないところだと自負して取り組んでいますね。
クオンタムワールドを描き直す
実は電気通信大学で情報系の研究科に着任することになってから、今まで真剣に取り組んだことがなかった古典の情報理論の勉強──基本的なシャノン理論とか、コンピュータのしくみとか──を始めたんです。古典情報理論の核は、やはりシャノンによる、伝送限界(通信路符号化)とデータ圧縮(情報源符号化)という2つの基本定理だと言えるでしょう。ところが勉強してみると……これが実に面白い(笑)。たとえば量子の世界が古典の世界を含んでいるならば、古典は、量子の世界の中でほんとうに特殊な一部分なのか? あるいは、量子的な性質や現象の中には古典に対応しないものがいっぱいあるわけですが、ほんとうにそこだけが量子の特性なのか? といったことを常に意識するようになりました。よく量子の入門書などで量子にだけあって古典にはないものが(例えば量子もつれ)、量子と古典の違いであるという説明を見かけますが、それだけではないんですね。古典情報理論を勉強したおかげで、量子情報が新しく見えるようになりました。