「統計学がなかったら、われわれの世界はたぶんこれほど豊かになっていない」と、電気通信大学 鈴木淳助教が言うのは、たぶん本当に違いありません。家を出る時「今日の降水確率は○○パーセント」という情報を、今や誰もがチェックするし、株を取引している人なら、統計による予測にかなりの信頼を寄せていることでしょう。ところが、こういった統計学の力が、量子の世界では”やはり”そのままでは使えません。量子コンピュータ、量子デバイス、量子暗号などの実験的成果が大きく進展し、量子情報が工学の領域にはいりつつあることを反映して、技術の数理的基盤としてにわかに活気を帯びてきた量子統計学(量子推定)という分野。今回はこの分野で、数学と物理、両方からのアプローチで新しい理論構築を目指す、電気通信大学の鈴木淳助教に聞きました。
「量子統計学」とは何か?
一般に「統計学」と聞いて人々が思い描くのは、学校で勉強したことがある「確率・統計」のことだと思うのですが、その量子版にあたるのが「量子統計学」です。ところが、「量子統計」という言葉は、量子統計力学という物理の分野では別の事柄を示すこともあり、「量子統計学」という言葉はほとんど使われていません。つい最近まで、量子的な世界を実験的に操ることはたいへん難しく「夢の技術」と呼ばれてきました。それがだんだん実現化するに伴って、量子統計学を用いたデータ解析によって、ほんとうに正しく実験ができたかを確認しないと、量子の世界は見えないですよということが、やっぱりわかってきた。したがってこの「量子統計学」、まさに時代のキーワードではあるのですが、学問としてはまだ定着していないというのが現在の状況です。
1960年代のアメリカで始まった。
量子統計学は1960年代にアメリカで始まりました。躍進するレーザ技術に触発されて、古典の世界の統計学が量子の世界へ行ったらどうなるのか、チャレンジした人がヘルストロームという人です。その後この研究は、ごく一部の研究者で進められ、中でもホレボという研究者が中心的役割を果たして、大きく発展します。ホレボは冷戦時代のソ連で、いくつもの重要な研究を残しており、1980年代に入ってから英語に訳出されたのをきっかけに、広まっていきます。ところがこれから建設しようという端緒で、一筋縄ではうまくいかない部分もあることがわかり、現在も発展中の状況です。
量子系をあやつる指針として。
当時と今を比べると、実験で実際に量子系を扱えるようになったことが、大きな違いです。このように技術開発が進んでくると、実験に量子統計学を正しくあてはめて、量子系を予測したり制御したりするツールがどうしても必要になってきます。量子系を古典の統計学で解析しても、「究極の誤差限界」にまったく届かないんですね。量子統計学を正しく用いることで、実験の研究者に「こんな方法で測定・解析するのが一番いいですよ」とか、「それによってこれくらいの誤差・限界を与えますよ」といった指針を与えることもできるようになるんです。