量子情報の最先端をつたえる
Interview #009

蔡兆申 チームリーダー 理化学研究所
公開日:2013/12/16

【3】集積化に有利で情報処理に使える

これから材料の研究が貢献する

超伝導が他の量子系と大きく違うところは、大きいということと、それ自体が電子回路であるということです。したがってちょっと考えただけでも、集積化に非常に有利であるということはすぐにわかります。工学的な応用を考えれば、量子ビットとして情報処理に使うのにも有望です。ただどんな材料で超伝導をつくるのかは、いろいろ考えることができるんですね。今はアルミニウムが主流ですが、金属の半分以上が超伝導になるし、合金や結晶を含めるといろんな可能性がある。半導体の技術を振り返ってみると、最初はゲルマニウムをはじめとしていろんな材料が試されて、そのうちシリコンが登場し、その中にある不純物がうまく取り除けるようになって、結局シリコンに落ち着きました。ですから超伝導の量子ビットも、これから材料の研究が大きく寄与するのではないかと考えています。

情報処理の他にもいろんな発展がある

また情報処理に限らずいろいろな応用へ向けて、超伝導の量子回路の研究は今、特に他の系と組み合わせる"ハイブリッド"という方向で、大いに研究が進められています。僕たちが取り組んでいるのは、特に光との組み合わせです。この量子光学という分野は、実は100年ぐらいの歴史があって、これまでは通常、光と自然界にある原子との相互作用を見てきたんですね。しかし自然界の原子は小さく、光を相互作用させても結びつきが弱い。ところが超伝導原子というのは、非常に結合が強いのが特徴です。この性質を使えば、たとえば超伝導の量子ビット1個で、レーザー発振器をつくることができる。内側にミラーのついた小さな箱の中に、光と原子を入れて何回も光を反射させ、十分強い結合が得られたところでレーザーを発振する現在の方法と比べると、非常に単純な構造をしているのがおもしろいですね。

ほんとうの量子コンピュータ実現へ向けて

超伝導量子ビットの実験も、やはり本来の意味での量子コンピュータの実現を見据えています。それはかねてから言われているように、スケーラブルであることが要件です。そこで、まず僕らは、どうやってスケールするかという方針を立てなければならない。現在は、2、3量子ビットをコントロールできるだけではなく、その数を増やしても同じように操作できるかを保証できるような方式が、徐々にわかってきています。方針がわかったら、次に量子ビットをつくって、それを正確に動かせるようにしなければならない。このためには、制御の精度アップと同時に、制御回路もスケールアップすることを含めた全体像に取り組まなければなりません。まだまだ努力しなくてはいけない。でも、できないことはないだろうと僕は思う。その根拠は、たとえば今のコンピュータも、大量の素子を使っていて、サイズでも集積度でもほぼ同規模にあることです。またマイクロ波のコントロールや小型化などの問題を解決する周辺的なテクノロジーも必要で、古典的な技術もまだまだ開発の余地があるんです。
(文:蔡兆申・池谷瑠絵 写真:水谷充)

蔡兆申 チームリーダープロフィール

1952年生まれ。ツァイ ヅァオ シェン と読む。理学博士。米国カリフォルニア大学バークレー校物理学部物理学科卒業。ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校物理学部修了。NEC中央研究所グリーンイノベーション研究所首席研究員などを経て、2012年より嘱託。2001年より理研フロンティア研究システム量子コヒーレンス研究チームチームリーダー、2010年より巨視的量子コヒーレンス研究チームチームリーダー。2012年より単量子操作研究グループディレクター兼務。「なぜデコヒーレンスが起こるのか知りたい。たぶん何かが漏れている。ではどこでどう漏れているのか?」と、挑戦は続く。

量子の世界をのぞいてみよう
Welcome to the Quantum World #009

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