ミレニアム直前の1999年、超伝導量子ビットの実験に世界で初めて成功して以来、この分野をリードする理化学研究所蔡兆申チームリーダー。そして量子光学の世界的な第一人者で、現在もオーストラリアのクイーンズランド大学で複数の量子情報科学の研究プロジェクトを指揮するジェラルド・ミルバーン教授。「ようこそ量子」はこのたびお二人をお迎えし、根本香絵教授を交えて、分野への理解を深める最新のお話をうかがいました。今回から2回にわたり、それぞれのお話をお伝えしてまいります。
椅子より小さいけど分子より大きい
そもそもは、なんと前世紀に遡るんですけれども、僕らが超伝導体で巨視的な量子状態を実際に作ることができたのが、1999年という年でした。超伝導体というのは、それひとつで電子回路を構成する、比較的大きいものなんですね。それまで物理学者はみんな、量子的にふるまうのは原子や分子のようなごく小さなものだと考えてきた。まさか机や椅子が量子的にふるまうなんて誰も信じない。超伝導回路は、ちょうど原子と椅子の中間にありました。巨視的量子状態というのは、中にある電子がすべて同じ状態に落ち込んで、ひとつの量子状態をつくっている状態です。これをコヒーレントな状態といい、量子性を保つ時間をコヒーレント時間といいます。当時、巨視的な量子系ではコヒーレント効果があっても、それと反対の向きに働く「デコヒーレンス」が強すぎるのではないかという予測がずいぶんありました。しかしこの実験は世界のいろんなところで行われてきていて、僕らが最初に成功したんですね。
ジョセフソン効果で量子の世界をタップする
原子の場合は、たとえば基底状態と励起状態という2つの量子状態をつくることで、一方が0、他方が1を表す量子ビットとして使うことができます。ところが超伝導というのは何のコントロールもできない、1つの状態で、ただドテッとしているものに過ぎなかった(笑)。そこでキーになるのが、回路の中にある「ジョセフソン接合」です。2つの超伝導体を近づけて弱くカップルさせると、接合部分に「ジョセフソン効果」というものが現れます。2つの超伝導体内の電子はそれぞれ巨視的な量子状態にあるので、量子力学により「粒子であると同時に波である」はずです。実際、接合部分のところで2つの波と波が重なり合い、微細な位相差が現れます。するとこの位相差に比例して、マクロに測れる電流が流れる。逆に外から電流を流すと、接合部分のところで位相差が現れます。ジョセフソン接合があることによって、物理的に測ったり、実験で外からコントロールしたり、つまり量子的な世界を触れるようになる……そういう非常に大事な効果なんです。
14年で6ケタも伸びたコヒーレンス時間
超伝導量子ビットの実験も、1999年はナノ秒以下だったコヒーレンス時間が、今やミリ秒に迫っています。14年の間にいろんな成果が出て、研究者もとても増えてきました。今振り返るとよくここまできたなと思いますけれども、その間、もちろんいろんな工夫があるんです。特に超伝導では、量子力学、ナノテクノロジー、極低温のテクノロジーなどに加えて、マイクロ波のエンジニアリングや、低雑音測定といった複合技術の最先端をインテグレートしていくことで、はじめて実験が成り立ちます。一方で結果を出していくためには、やはり物理そのものを本質的に理解していかなくてはならない。たとえばなぜデコヒーレンスが起こるのか、そのメカニズムの本質的なところは、今もわからないんですね。それがわかってくれば根本的な対処法も考えられるし、そこに大きな飛躍のステップがあると思います。