数千万個がまとまって重ね合わせ状態、の意義
重ね合わせ状態をはじめとする量子的な状態は、今のところ、ミクロの世界でしか確かめられていません。たとえば人間は約10の27乗個の原子からできていますが、量子力学に従っているとは思えませんよね(笑)。これを物理ではどのように考えるのか、量子情報に限らず今世紀以降の物理学の流れを見ると、原子や素粒子を1個1個見る物理から、たくさんの光、電子、原子などが凝縮して1つの量子的状態になったもの(←1つの波動関数で書ける状態ともいえます)を取り扱う物理へと変化しています。たとえば超伝導、超流動、レーザー光、多数のボーズ粒子が1つの量子状態に落ち込む「ボース=アインシュタイン凝縮」などの物理現象が、どんどんクローズアップされてきている。近年のノーベル物理学賞などもまさにこの流れの上にあって、みんなこのような「巨視的量子状態」という、不思議な量子的な状態を対象としているんですね。そしてそのような振る舞いが、今や、実験で実際に測れる段階に入ってきています。
顕微鏡の中から日常のスケールへ
われわれの実験も、光子1個から電子1個へ量子的な状態を移すといったものではなく、超伝導量子ビットから、数千万個ものNV中心の電子スピンへ状態を移すことに成功しています。1個のスピンの場合と比べて、相互作用の結びつきの強さが約1万倍にも増強された「スーパースピン状態」になっていることが、測定によって確認されているんですね。一方の超伝導量子ビットは、その回路そのものが巨視的量子系です。ちょうどレーザー光のように、回路中にあるすべての電子が、あたかも1つの電子であるような同じ状態に落ち込んでいる。と同時に、電子1個の場合と比べて何百万倍も大きな電流値を持っていますから、その強いエネルギーで他の物質と相互作用したり、ササッと高速演算したりできるわけです。
100年後の人類は、きっと量子を使いこなしている。
このようなマクロな数の原子や電子たちの巨視的量子状態をコントロールし、意図的に利用して、人間が使えるようになってきたのは、この10年間ぐらいの成果です。量子的な世界が原子や素粒子の中に閉じこもっていたら、われわれには使いようがありません。しかし、もしそれが日常的な電気回路の中を流れている電子たちの振る舞いになってくれば、技術的にもまったく違うことになってくるでしょう。われわれは今、すごく大きな変化の中にあるんだという認識が、たいへん重要だと考えています。少なくとも100年後には、人類は必ず量子を使いこなしていると思いますよ。