2008-07-08掲載
1900年のパリ万国博覧会で注目され、
一躍世界に知られるようになったという
ロシアの民芸品「マトリョーシカ」。
先週は、そんなわけでマトリョーシカが
外国で有名になって戻ってくる、
いわゆる「逆輸入」だったんだ、
というところまでわかってきました。
『週刊リョーシカ!』の
マトリョーシカをたっぷりと知る新連載、
「ほんとうのマトリョーシカ。」
さて今週も、一橋大学の
坂内徳明教授
に、
お話をうかがってまいりますよ。
待ち遠しい春のイースターエッグ
マトリョーシカの誕生については、
日本のおみやげが関係あるかもしれないんだけれども、
もう一つの見方としてはね、
S.V.マリューチンとV.ズビョズドチキンの二人は、
こういうものを作っていたのと同じ作者なの。
うゎっ、これはまるで、マトリョーシカですね。
ありますよ、こういうたまご型のマトリョーシカ。
形がそっくりです。
ええ。それとね、キリスト教に
復活祭というのがありますね。
日付は毎年、春分の後の満月の次の日曜日
ということなんだけれど
3月から4月の時期ですから、
ちょうど日本のお花見の頃にあたるんです。
ロシアでは春はやはり特別な季節でね、
この復活祭を盛大に祝いますね。
もちろんキリスト教の祭日なんだけれども、
もっと根源的な春のよろこびといいますか
半年も続く長い冬のあとの開放感で、
ちょっと日本では考えられないくらいの
盛り上がりです。
で、その時に必ずロシアの各家庭では、
卵に極彩色で幾何学的な模様などを描いて、
教会へ持っていきます。
これがイースターエッグです。
家族全員で何十も作ってね、
教会で、清らかな水をかけてもらう。
すると清らかだから、
一年中腐ることがないというわけで、
一年間、大事に飾っておくんです。
日本でもね、函館
(第2回参照)
や
神田で行われているんですよ。
神田というと、駿河台のニコライ堂のことですか?
そうです。1891年に建てられて、
現在のは建て替え後の建物です。
すると、この本に載っているのは、
イースターエッグをかたどったものなんでしょうか?
これは、おもちゃなんですが、
まったく復活祭の卵のかたちです。
ですから、ロシア人にとってはね、
たいへん馴染みがあるものなんです。
木で出来ていて、入れ子になっている。
こういうマトリョーシカに
つながっていくようなものが、
もともとロシアにあるんですね。
色遣いなんかも、
マトリョーシカに似ていますよね。
そうですね。
だからマトリョーシカのルーツは日本だ
というのだけれども
ロシアにも素地があって、
うまく気持ちをひとつにできたんだと思うんです。
歴史は新しいけれども、ロシア人の中に
さーっと入っていったんじゃないかと思います。
母なるロシアの大地
最初のマトリョーシカのお人形は、
頭に「プラトーク」という花柄のスカーフを巻き、
「サラファン」という、
ノースリーブで胸当てのついたスカートを着て、
白いエプロンをしています。
これは、いわゆる伝統的な衣装なんでしょうか?
ええ、正装ですね。
普段着というよりも、着飾った姿で、
これでお祭りなんかへも行ける、
きちんとした民族衣装です。
そういえば政治家を描いたマトリョーシカも、
みんな正装ですね。
そうですね。それからロシアの女性のかたちがね、
丸くふっくらとして、母性を象徴していますね。
子供を抱いたり、動物を抱いたりしていて、
母の豊かさやたくましさみたいなものを表している。
だから、マトリョーシカというのは
見方によっては、いろんなものが入っている
と考えられるんです。
入れ子が、子供をたくさん産む「多産」を
表しているとも言えるし、
ロシアの母なる大地のイメージを象徴している
とも考えられる。
内部に多くの物を有しているというので、
ひとつのミクロコスモスだという考えもあるんです。
ジェンダー論の立場からロシア文化を論じた
『マザー・ロシア』
(ジョアンナ・ハッブズ著・坂内徳明 訳 2000年青土社)
たしかにマトリョーシカはみんな
こういう丸くて、ずんぐりした感じですねえ。
ロシアの女性にも、
そういうイメージがあるかも知れないです。
ロシア人の女性はね、10代の頃は
スッと細い姿をしているんです。
ところが20代になると、
なぜか歴然として変わってくる。
太ることに対する強い怖れがあるので、
ほとんどの女性が、これは気を付けなきゃ、
とダイエットを始めますね。
ですから最近ロシア人の女性は、
特に主食である「黒パン」を敵視していて、
あれを食べないという人が多いですよ。
ただロシアの気候風土で、
エネルギーになる脂肪分と糖分をとらないというのは
無理なんじゃないかなあと、僕は思いますけどね。
いずれにしても、ロシア人が
マトリョーシカを自分たちの民芸品として受け入れ、
彼らの中に根付いていったのは、
このようなバックグラウンドが
あったからだと思いますね。
マトリョーシカというネーミング
ところでマトリョーシカという名前は、
ロシア語の名前から来ているのですか?
「マトリョーナ(より正しくはマトローナ)」
という女性名からきています。
「マトリョーナ」を、もう少しかわいらしく言うと
「マトリョーシカ」になります。
しかしまあ「マトリョーナ」とほぼ同じ意味です。
「マトリョーナっ子」みたいな感じですか?
そうね。「マトリョーナちゃん」とかね、
そういう感じですね。
それから「マトリョーナ」って、
よく、ロシア人の一般的な名前だと言うんだけど、
僕は、あんまりそうは思わない。
むしろちょっと珍しい名前なんです。
ええっ! そうなんですか?
(つづく)
ばんない・とくあき。一橋大学副学長・大学院言語社会研究科教授、社会学博士。1973年東京外国語大学外国語学部ロシア語科卒業。歴史的な視座からロシアの社会、宗教、神話と民衆文化の現場に注目し、これらを取り扱う民族学をその時代とともに考察・解明する研究で知られる。近著『ルボーク―ロシアの民衆版画』(東洋書店・2006年)など
著書
・論文多数。