量子的な性質が高品位なセキュリティを実現できることを利用した、(中略)このような機能を搭載した携帯電話や個人ツールが登場してくる──2006年刊行の『ようこそ量子』第7章で予言されたことが、2014年、ついに現実になりました。今、そのプレスリリースが各メディアに採り上げられ、話題を呼んでいる量子技術は、スマートフォンに量子を使った量子鍵配送(QKD)という安全な暗号鍵を渡して、さまざまな安全な通信を実現するシステム。この研究開発の代表者であり、第2回にご登場いただいた佐々木雅英室長とともに、長年QKDの研究開発に取り組む情報通信研究機構 藤原幹生主任研究員にお話をうかがいました。
手のひらにのった量子技術
今回の成果は、既存のネットワークに接続して、シームレスに量子的な技術を使いこなせるインターフェース技術である点に大きな特徴があります。その具体的な応用例として、われわれは病院の電子カルテを想定したシステムを考えました。まず病院などに量子鍵配送装置等からなるシステムを置き、ここから直接、患者のスマートフォンに安全な鍵を渡します。この鍵は情報理論的に絶対安全なデータ伝送用暗号鍵と、患者識別用暗号鍵の2種類があります。こうしておいて、あとはキャリアを使って通常の通信をする際に、スマートフォンの中にある鍵をシームレスに次々と使って、個人に関わる医療情報などの大事な情報を、将来にわたって極めて安全にやりとりしようというものです。スマートフォンに保存したデータそのものも、鍵によって守られているため、盗まれたり漏れたりすることはありません。
個人情報は誰が守るのか?
電子カルテには遺伝情報などの重大な個人情報が多く含まれていますが、今のところ、その管理の多くは医療関係者の良心に頼っています。わが国では個人情報保護法によって個人情報が守られていますが、この法律は、情報漏洩した組織にペナルティを課すものであり、個人を罰する定めがないなど、現在の個人情報のあり方に十分に対応しているとは言えません。一方、ビッグデータ時代といわれる今日、ネットワーク上にはさまざまな個人情報があり、どんな秘密もいったんSNS等に書かれたら最後、もう取り消すことは出来ません。ところがこういった大量の情報がもし組織的に集められたらどうなるのかといえば、悪用できるアイデアは山ほどあるわけです。このような事態に対して、私たちは今、どんな保険がかけられるだろうか?──その究極的なソリューションがQKDであろうと、われわれは考えています。
ビッグデータ活用としても期待
今回のシステムでは、量子鍵配送装置から受け取った2種類の鍵を持っている患者さん本人が、自分の個人情報を手元のスマートフォンに保管したり、閲覧したりできるだけでなく、中央病院等に集められたこのような情報をビッグデータとして活用することも想定しています。たとえば地域の病院などの医療関係者に、患者を特定しない一般医療情報として提供し、治療や疾病予防に役立てるといった使い方が考えられます。この場合医療関係者には、データ伝送用暗号鍵のみを配布し、個人情報と切り離された一般情報として閲覧・統計処理などができるようにします。