「ようこそ量子」第11回は、エンタングルメントの理論的研究をはじめ、量子情報の理論分野で世界的に活躍する東京大学の村尾美緒准教授にお話をうかがいました。「ようこそ量子」ではこれまで、今世紀、特にこの10年ぐらいの実験的研究の大きな発展に関連した新しい成果を中心にご紹介してきましたが、今回はぐぐっと理論にフォーカスした最先端研究のご紹介です。ロジックを武器に、量子コンピュータ”ありき”の未来へ、ようこそ。
もしも量子計算機があったなら
私は、量子計算機をどうやってつくるかではなく、量子計算機があったら何ができるかを主に研究しています。量子コンピュータが既にある、という前提のもとで「じゃあ何ができるんですか？」というのが研究テーマなわけです。今までわからなかった量子系へのアプローチのしかたのような新しい物理がわかるとか、またもし量子コンピュータがあったら、それによって今までできなかったどんな計算ができるようになるのかとか。あるいは今まで測れなかった非常に高い精度で物が測れるようになるとか……ただし、量子力学は無限の精度で測れるということを保証していませんから、ではいったいどこまで測れるのか？──このように量子力学を礎にすると、人々の常識をくつがえすワクワクするような「？」をいろいろと思いつくことができるんですね。量子力学が許すパワーをすべて投じたら何ができますか、またそれでもできないことは何ですかという、その差を見極めたいと考えています。
量子力学ワールドの境界線を巡って
量子力学のフルパワーを使ったら、これまでできなかったようないろんなことができるようになってくるでしょう。と同時に、なんでもできるわけではなくて、量子力学で許される範囲からはみ出ないようにしなければならない。ではその境界線がどこにあるかというと、実ははっきりしていません。ならば、はみだした外の世界を知ることによって、外側から量子力学が許す境界を見たらどうでしょう。たとえば量子暗号の安全性を、私たちの住む量子力学の世界をはみだした、さらに外側の世界での安全性を調べることで、示すことができます。もし、はみだしても安全ならば、どんなに科学の進んだエイリアンでさえも、量子力学の世界に住む限りは破れないことが保証されている暗号だということができます。
古典的考え方、量子的考え方
量子力学というゲームの中で、ゲームの「手」を全部使ってできることは何ですかという探求は、もはや物理学という枠に収まらないのではないか、という考え方もあります。というのも、われわれは量子力学が許すもののうち、ごく限られた道具しか与えられていないからです。その少ない道具でなんとかやってくださいというのが現在の世界であり、たとえば量子コンピュータをつくってみようというのもそういったチャレンジに他なりません。このような場合に実験チームが直面しているのは、自然のままでは限定されてしまう道具に手を加えることで、いかに量子コンピュータを構成できるような道具に変えていくのか、という課題です。物理学では、自然のままの状況で何が起きるかを知るための研究には長い蓄積があるので、経験に基づいて、以前こうだったから今度も大丈夫だろう、というような議論がうまくいくことが多いような気がします。しかし、「自然に手を加える」ことが必要となる量子情報では、経験と違うことがしばしば起きる（笑）。そこにおもしろさのある分野だと考えています。
